宇宙の中で「良いこと」を決意する(小沢健二『流動体について』を聴いて)

2017年は、実に19年ぶりの発売となった小沢健二のシングル「流動体について」を何度も聞いた。少なくとも100回は聞いただろう。これほど同じ曲を何度も聞くことは滅多にない。メロディーも歌詞も素晴らしいのはもちろんだが、とくに好きな一節がある。

神の手の中にあるのなら
その時々にできることは
宇宙の中で良いことを決意するくらい

なんて見事な表現! 歌詞を何度も口ずさみながら震えた。「宇宙の中で良いことを決意するくらい」しか、僕らにはできないのだけど、それはつまり、「良いことを決意すること」の重要性を示している。

ぼくは子供の頃から「世界中の人が一斉に笑顔になったとき、世界は変わるんじゃないかな」と考えている。悪いニュースを耳にする度、「こんな世界は辛くて嫌だ」と繊細な子供たちは思う。それで世界に絶望したら、世界はその通り辛くて嫌な世界になってしまうだろう。

だが、良いニュースを耳にして、「世界はこんなにも希望に満ちているのか」と子供たちが思えたら、明日が楽しみになり、わくわくとした感情が世界に広がり、やがてきらきらとした世界が訪れるだろう。

昔話の研究者である小澤先生と、その息子であるオザケン。なんて影響力のある親子なのだろう。ぼくは飽きっぽくていつも道に迷ってしまうけど、昔話の勉強は楽しくて一生続けていくと思うし、オザケンの歌も一生聞き続けるだろう。

同世代の中には、既に諦めモードの人も見受けられる、何を考えているのだろうか。人生まだまだこれからなのだ。元気のない老人を見ていたら、こっちまで元気がなくなるが、一方で世の中を良くしようと動き回っている元気な老人がたくさんいる。彼らの楽しそうなこと! まるで無邪気な子供のようである。

三十代で「もう人生諦めた」と決意をしたら、あと何十年つまらない人生を送ることになるのだろう。お先真っ暗だと分かりきっているのなら、そんな人生は辛すぎる。それでも彼らは、お先真っ暗な人生を送ることを決意することをやめないのだろう。実にもったいない。

「良いことを決意する」とは、力強く、幅広く、分かりやすい言葉である。悪い波動に煽られそうになったら、この歌詞を思い出すことにしよう。