ソファー(10/10)

10

窓を開けたまま眠ってしまったようだ。心なし涼しくなった風が私の頬をかすめた。
いつもの部屋、いつものソファーの上で、母がジュージューと野菜炒めを作る音を聞いていた。
さっきまで一緒にテレビを見ながら座っていた、母の温もりを感じながら、寝ぼけ眼で外を見た。まだ明るいことを確認すると、テレビの方に目を移した。ブラウン管の中では、今まさに野球中継が始まろうとしていた。

先日の出来事を振り返っていた。
豪雨の翌日、母の行動には不自然な点があった。なぜ、休みだったのに仕事だと偽ったのだろうか。未だに母の口からは真実を聞いていない。
例えば、いつか自宅にかかってきた電話。そもそも、スナックの客に自宅の電話番号を教えるだろうか。十年前、父と別居した理由は、新しい恋人ができたからだったとか。そしてあの夜は、その恋人に会いに行っていたのかもしれない。
例えば、一人でいたかっただけかもしれない。父と話し合いをする前夜、一人でバーに行き、これからのことを考えていたのかもしれない。別居している手前、父の両親と顔を合わせるのは気が進まないだろう。お酒を飲んで、気を紛らわしていたのかもしれない。
例えば、スナックのマスターと話をしていたのかもしれない。淋しくなって、私がスナックに行くかもしれないと予測した母は、リボンのついたシャンパンを用意して、わざわざ休日に仕事場へ向かったのかもしれない。
たくさんの案が浮かんでは消えた。しかし、どの案も説得力に欠けているように思えた。人生には、必ずしも真実を知る必要がない場合もある。そう自分に言い聞かせて、このことについていは、母からの答えのを待つことにした。それが五年後になるのか、はたまた十年後になるのかは分からないが。

少しずつ、変わろうと思った。これまで考えずに逃げて来た現実を受け止め、もっと深く考えよう。父を選んだ母のこと、母を選んだ父のこと。そして、二人を選んで生まれてきた私のことを。
答えは出ないかもしれないけれど、そういうことを意識して、これからの人生を歩みたい。人はすぐには変われないけれど、変わろうという意志を持って、それを行動に移す勇気があれば、必ず良い方向へ事は進むのだから。

一週間前、豪雨の翌日にカーテンをふわりと舞わせた風は、テーブルの上にあった父からの手紙を中空に飛ばした。
そして、いつか見た紙飛行機のように、美しい弧を描いた。