歌い手になった少女

ある山のすそに、木こりのおじいさんが住んでいました。おじいさんは、決してきれいとは言いがたい小屋で、質素な生活を送っていました。結婚することもなく、何十年もひとりで小屋に住んでいます。周囲の人々からは、あまりよく思われていないことは分かっていましたが、おじいさんは今の生活をとても愛していました。

おじいさんは、毎朝小川のきれいな水で顔を洗い、のどを潤すと、気持ち良く一日を始められるのでした。昼までに木こりとしての仕事を終えると、午後からは鳥や虫、草木が奏でる自然の音色に耳を澄ませました。そして家に帰ると、夕焼けに染まる町を見下ろしたり、一字一句内容を覚えているボロボロの本を読み返したり、あまった木片を削ってスプーンや器を作ったりするのでした。

おじいさんは、週一遍ほど町へ下りていきます。汚れた服で町を歩くのが恥ずかしいらしく、目的の木工職人の家までは、人目を避け遠回りをして歩きます。木工職人に木を売り渡すと、そのお金で食料を買い、ホッとした気分でゆっくりと小屋へ帰るのでした。

ある日のこと。おじいさんはいつものように町で木を売り、食料を買い、小屋に帰り、好物のシチューを作っていました。味見をして、「うん、良い味だ」と器にスープを移そうとしていると、突然小屋のドアが開きました。鍵をかけ忘れていたことを思い出し、恐る恐るドアの方に目をやると、同じく驚いた顔をした女の子が立っていました。

女の子は五、六歳くらいでしょうか。育ちが良さそうな服を着ていて、きっと迷子になったのだろうとおじいさんは思いました。「お嬢ちゃん、迷子になったのかな?」と訊くと、女の子は首を横に振りました。どうしたものかと考えあぐねましたが、ちょうどシチューができあがったことを思い出し、「良かったらスープを食べるかい? 今日のは特別においしいよ」とスープを小さな器に盛りつけ、女の子に差し出しました。女の子は小さく頷きました。

二人は丸太で作った椅子に並んで腰かけ、静かにスープを食べ始めました。おじいさんの作るスープは野菜がたっぷりで、山で採ったハーブ、町で買った肉も入っていました。女の子はお腹がいっぱいになって安心したのか、おじいさんが「おいしかったかい?」と訊くと、「うん!」と笑顔で答えました。

おじいさんは、女の子にいろいろな質問をしました。女の子は限られた言葉で、しかし丁寧に話すのでした。何日もの間、両親が激しいケンカをしていて、家にいるのが辛いこと。自分のことを気にかけてくれないこと。町から見えるこの小屋が気になっていたこと。ときどきおじいさんが町を優しそうに見下ろしていたこと。

ずっと一人で暮らしてきたおじいさんにとって、この小さな来訪者がどれだけ心を和ませてくれたことでしょう。おじいさんは嬉しくなり、木片を積み上げてバランスを取る遊びを教えたり、木と草で作った特製の楽器を奏で、一緒に民謡を歌ったりしました。夕暮れ時になると、女の子はすっかりおじいさんになついていました。

「夜になると危ないから、町まで送っていってあげよう」そう言って手を取ろうとすると、女の子は途端に表情が曇りました。家に帰りたくないのでしょう。「じゃあ、こうしよう」おじいさんは女の子に提案をしました。「君の両親がケンカをしている間は、いつでも小屋に来てくれていい。ただし、夜は危ないから明るいうちに来るんだよ。それから、もし両親にどこに行っていたか尋ねられたら、必ず正直に言うこと。それを守ってくれるのなら、いつでもこの小屋に来てもらって構わないよ」女の子は嬉しそうに頷きました。

「いい子だ」おじいさんはそう言って、女の子の腰紐に木彫りのスプーンをくくりつけました。「このスプーンを持って、またおいで。おいしいシチューを用意して、いつでも君を待っているからね」

翌日も、そのまた翌日も、コンコンというノックの音とともに、女の子はおじいさんの家を訪れました。おじいさんは笑顔で迎え入れ、知っている限りの遊びと、知っている限りの民謡を教えました。女の子は次第に歌を覚え、「将来は歌い手になって、おじいさんと結婚してあげる」と笑うのでした。おじいさんは、(あと何年生きられるか分からないが、この子が歌い手になるのを見届けたい)と願うのでした。

女の子はしばらくの間、毎日おじいさんと一緒に過ごしましたが、ある時からぱたっと小屋を訪れなくなりました。おじいさんは、(きっと両親が仲直りしたのだろう)と思うことにしました。女の子が訪れなくなり一週間が経った頃、ドアに手紙がはさまっていました。女の子の母親からでした。手紙には、「私の娘に二度と関わらないでください」とだけ書かれていました。

十五年の月日が経ちました。おじいさんは足腰を痛め、町に下りるのは月一遍に減っていました。身体は痩せ細り、自分の命はあと一年もないことを知っていました。ある日、食料が尽きたため、また町へ出ることにしました。重い腰を上げようとすると、ドアをノックする音がしました。おじいさんは驚き、ゆっくりとドアを開けましたが、外には誰もいませんでした。

こういったことは時々ありました。動物のイタズラか、風の仕業か。あの時の女の子のことを忘れることはありませんでした。ノックの音がすると、「もしかして」と期待してドアを開けますが、期待通りの結果はドアの向こうにはありませんでした。

あれからもう十五年。あの女の子は無事に夢を叶えただろうか。それとも夢に向かって努力している最中だろうか。どちらにしても、歌い手になった姿を見てみたい。おじいさんは、十五年もの間、女の子の夢が叶うことを願い続けていました。

おじいさんは、よたよたと山を下りていきました。町はとても賑やかでした。年に一度のバザーが開かれており、大通りには多くの出店が並んでいました。いくつかの店の周りには人だかりができ、焼きたてのパンや切りたてのハムが売られていました。見たことのない装飾品や、色鮮やかな果物の数々に、おじいさんはとても楽しい気持ちになりましたが、人々がおじいさんを避け、買い物をしても冷たい目で見られるのが悲しくもありました。

さて帰ろうとしたとき、大通りの中心に人だかりが一層できている場所に目が行きました。大変な人だかりですから、おじいさんは後ろの方に並ぶのがやっとでした。しばらくすると、楽器の演奏が始まりました。演奏者が何回か入れ替わり、人だかりはさらに大きくなりました。そして最後の演奏になりました。

ピアノの演奏に合わせて、一人の女性が出てきました。おじいさんは、その女性があのときの女の子であることにすぐ気がつきました。歓声が上がり、女性は歌い始めました。その歌は、十五年前に一緒に歌った民謡でした。おじいさんは涙が止まらなくなりました。本心では大声で感動を伝えたかったのですが、今の自分にそのような資格があるはずもないと思い、女性に気づかれないよう、演奏が終わらないうちに帰ることにしました。

女性の歌声が響き渡り、町は穏やかで優しい空気に満ちていました。おじいさんは嬉しさと切なさで一杯になりながら、夕暮れ時の空を背に、ゆっくりと歩いて帰るのでした。女性は去って行く老人の後ろ姿に懐かしさを覚えましたが、歌うことに集中していたため、このときは懐かしさの理由が分かりませんでした。

それから数ヶ月後。女性は老人の後ろ姿が懐かしかった理由を思い出しました。小さい頃、両親が激しいケンカをしていた時期に、山のすそにある小屋に入ったら、おじいさんが温かいシチューをくれたこと。たくさんの遊びと、たくさんの民謡を教えてくれたこと。手作りのスプーンをくれたこと。

大切な思い出が次々と脳裏に浮かびます。両親が仲直りして、母親に二度とあの小屋に行ってはいけないと厳しく注意され、あんなに優しくしてもらったのに、お礼も言えず後悔していたこと。そして、後悔していたことも忘れてしまっていたこと。おじいさんの名前を知らなかったこと。自分の名前すら伝えていなかったこと。

女性はおじいさんのことが心配になりました。きっともう足腰が弱っていて、町に下りてくるのもやっとなのではないか。おそらく身寄りもないのではないか。そう考えると、今すぐあの小屋に行っておじいさんの無事を確認せざるを得ませんでした。おじいさん、ごめんね。あんなに優しくしてくれたのに、今まで思い出さずにいて。

女性は町を飛び出し、走って小屋に向かいました。小屋は今にも崩れそうなほど老朽化していました。ドアをノックしましたが反応はありません。恐る恐るドアを開けると、おじいさんはベッドの上に横になっていました。女性はおじいさんに寄り添いましたが、息がないことが分かると、おじいさんの顔に手を当て、涙を浮かべました。「ごめんね…ごめん。ずっと見守ってくれていたんだね」

枕元の机の上に木製のスプーンが二つ置いてありました。女性は小さい頃にスプーンをもらったことを思い出しました。スプーンに手を伸ばそうとしたとき、スプーンの下に手紙があることに気がつきました。読んでいいものか迷いましたが、自分に宛てられた手紙のような気がして、ゆっくりと手紙を読み始めました。

「歌い手になった君へ」

この古びた小屋を訪れる変わり者がいるとすれば、
町の警察官か、あの時の君くらいのものだろう。
小さかった君に、スプーンを渡したことを覚えているだろうか。
今はもう立派な女性になっているから、大きなスプーンが必要だね。

先日のバザーで、久しぶりに君の元気な姿を見た。
君がちゃんと夢を実現し、あの頃と変わらない純粋さを持っていることが伝わって、
僕は本当に嬉しくて、心から安心できたんだ。
どうしても君に感謝を伝えたくて、君の歌声を聞いた日から、
大きなスプーンを彫り始めたんだよ。

ようやく完成した頃には、僕の身体はもう死を待つばかりだった。
長いこと一人でいると、死ぬタイミングも分かるみたいだね。
残された時間、君への手紙を書くことしか思いつかなかった。
だから、こうして届かないかもしれない手紙を書いている。

大きなスプーンと、小さなスプーンが手紙の上にあったね。
大きなスプーンは、もちろん君の分。
小さなスプーンは、君がいつか母親になり、
子どもが生まれたら、使わせてあげてほしいんだ。
そうしたら、僕の人生は報われることだろう。

勝手な頼みごとだけど、独り身の老人の最後の願いと思って、
呆れながら聞き入れてくれたら嬉しい。
十五年前、君が僕の小屋に来てくれたことは、今でも輝かしい思い出だ。
身寄りもなく、将来もない一介の老人に、君は希望を与えてくれた。
心から感謝している。そう思いながら死ねるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。

歌い手になった女性は、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、手紙を最後まで読み切りました。女性はしばしの間おじいさんとの思い出に浸っていました。夕暮れ時になると、女性はおじいさんに感謝の言葉を伝え、おじいさんの亡骸を持ち上げました。小屋の外へ出、山の奥へと歩いて行きました。

おじいさんが昔教えてくれた小川の源泉に着くと、女性はおじいさんの身体を水で清めました。そして、おじいさんが「聖なる木」と呼んでいた大木の近くに穴を掘り、亡骸をそっと埋めました。

その後しばらくして、女性は音楽家と結婚し、子どもを授かりました。おじいさんとの約束通り、小さなスプーンは子どもに使わせました。女性はおじいさんのことを二度と忘れないと誓い、シチューを作っては、何度も子どもにおじいさんの話を聞かせました。

やがて女性に孫ができ、その孫にも孫ができる頃になると、おじいさんの話は昔話のようになり、どこまでが事実でどこまでが作り話なのか、誰も判断できなくなりました。その後も代々語り継がれていきました。

そうして現代まで語り継がれているのが、このお話です。私は「歌い手になった女性」の孫の孫の孫の孫の孫。スプーン? ええ、もちろん私も持っていますし、私の娘も持っていますよ。木彫りのスプーンを子どものために作るのが、一族の決まりなのですから。^