海辺の少年

瀬戸内海に面した町の夜が更ける。少年は暗い海辺に佇んでいた。さっきまで静かだった波が荒れ始め、フナムシがわらわらと出てきては陸側の闇に消えていく。波が少年の足を濡らす。十月の海水の冷たさにびくっとした少年の背筋は真っ直ぐになり、ふっと息を吐いた。

少年はつい先月まで両親と共に三人で暮らし、町の学校に通っていた。ところが十月になると、突然両親がいなくなった。驚いて外に出たが、どの道にも人気がない。走って学校に行ってみたが、同級生や先生の姿はなかった。学校の屋上から町を見下ろしてみたが、やはり町に人影はなかった。少年は突然一人ぼっちになったのである。

初めは夢だと思っていた。夢だから心配しても仕方がない、空でも飛んでみようかと埠頭の灯台にのぼり、空に向かってジャンプするや、たちまち海に向かってダイブした。痛かったが、運良く怪我はなかった。それからというもの、海辺に佇んだり、釣り糸を垂らしたり、家に帰って仮眠を取ったりする日々が続いた。

頭の中で時間を辿る。九月三十日の夜、両親に「おやすみ」と確かに言った記憶がある。夜中に一度トイレに起きたが、あれは午前零時を過ぎていただろうか。なんとなく午前零時を境に世界が変わったように思う。今日は十月七日、あれから一週間が経つが、元の世界に戻る気配はなんら感じられない。

少年は再び海の向こうの闇を見つめた。魚がたくさん獲れる海だから、生きていくことはできる。しかし、このまま一人で生きていくことに耐えられるだろうか。少年は夜が怖かったが、この恐怖に耐えきれなくては、とても一人では生きていけないと思った。少年は闇を克服するために、夜の海辺に佇むようになった。

波が何度か足を濡らし、海藻が足首にまとわりつく。ぬめぬめとした感触があったが、恐怖はなかった。足下の冷たさにも慣れ、内側の熱が高まっていくのを感じた。再びふっと息を吐く。雲の切れ間から月が覗き、少年を仄かに照らした。先ほどまで闇だった海面に月が浮かぶ。揺らめく月の光が太陽のようにまぶしく感じられ、少年は静かに目を閉じた。波は凪ぎ、静寂が訪れた。

瞬間、まぶたの内側で火花が散った。火花が大きくなると共に、闇は消え、誰もいない孤独感も、足下の心地悪さもなくなっていた。目を開けるといつもの部屋で、両親が心配そうな目で少年を見ていた。外は明るく、少年は「十月一日の朝だ」と確信した。少年は足に痛痒さを感じ、手をやると海藻が乾いていた。「これで味噌汁を作ったら、美味しいかなあ」少年のお腹が鳴り、両親は腹を抱えて笑った。(了)