富豪青年

青年は郊外のコンビニで深夜に働いている。
青年は幼少の頃から、何かと事件に巻き込まれることが多く、
その日も、帽子を深くかぶりマスクをした男に包丁を突きつけられていた。

「金を出せ…!」
マスク男は震えた声で、レジに立つ青年に金を要求する。
青年は、声の震えから気の弱い男だと判断した。
「いやです」

「な、なんだと…?」
予想外の反応に動揺するマスク男。
右手に持った包丁を振り回しながら、
「い、いいから早くしろ! 金を出せ!」
と焦った口調で再び金を要求する。

青年はため息をついて答えた。
「ここのレジのお金は渡せません。
なぜなら、お客様から商品と引き替えに頂戴した
大切なお金だからです。だから、少し待っていて下さい」
「な、なんだと…?」
マスク男は訳が分からず、
「いいから早く金をよこせ!」と言うしかなかった。

青年はレジの外に出、マスク男の横を通り過ぎ、
ATMの前に立った。ポケットから財布を取り出し、
キャッシュカードをカード挿入口に差し込んだ。
「ATMって、知ってます? 24時間お金が引き出せますから、便利ですね」
「あ、当たり前だろ…。その金がないからこんなことしているんだろうが」

青年はにこりと笑い、マスク男にはまだ良心が残っていると確信した。
ATMが札を数える音が長く聞こえ、紙幣取り出し口に札束が出てくる。
青年は札束を握ると、「限度額が50万円なので、これで勘弁してくださいね」
と言いながら、マスク男の前に差し出した。

「な、なんなんだお前は…」
動揺するマスク男。
「あれ、いらないんですか? お金がほしいんですよね?
おかしいな。僕の聞き間違えかな」
マスク男はしばらく返す言葉がなかったが、
やがて諦めたように口を開いた。

「ああ、もういいや! 俺、何をやっているんだろうな」
帽子を脱ぎ、マスクを外すマスク男。
「一般的には、強盗と言うみたいですよ」
マスク男は、ぷっと吹き出し、
「知ってるよ! 面白い奴だな」と笑った。

「なぜ、強盗をされたんですか? お金がないんですか?
なぜ、お金がないんですか? 仕事はしているんですか?」
青年は興味津々の目でマスク男に質問をした。
「質問が多すぎるわ!」
「すみません」
「…まあいい。俺は、まず会社をクビになってだな、
すぐに就職活動を始めたが、まったく採用されなくてな。
そしたら親が倒れて入院して、看病を半年間続けたが、
先週亡くなってしまって、入院費も払えねえし、
食費も足りねえし、どうしようもなくなってな。
ここにきたってわけだよ」

青年は心から同情した。
「それは強盗したくもなりますよね」
「ならねーよ! …いや、なるから強盗したんだよな」
マスク男は苦笑した。
「もういいよ。俺、自首するから、警察呼んでくれないか?」
「いえ、その必要はありません。
防犯カメラは壊れていますし、
あなたは何もしていません。そうですよね?
それより、そんな話を聞いては、
この50万円をぜひ受け取ってほしいのですが」

マスク男は困惑した。
たしかに金はほしいが、受け取っていいものやら。
「いや…その金は受け取れねぇ」
マスク男が答えると、青年は激怒した。
「なんでですか! あなたはさっき、
包丁を突きつけて金銭を要求しましたよね?
それなのに、私があなたにお金を渡そうと思っても、
受け取ってくれないなんて、矛盾もいいところです。
断ることが格好いいと思っているんですか?
あなたには見損ないました。警察に通報します!」

「ちょ、ま、待ってくれ!」
マスク男は動揺して、青年を引き留めた。
「悪かった。俺が悪かったよ。
このまま帰っても、金はないんだし、
もう強盗なんかできねえし、首を吊るしかないもんな。
本当にすまなかった。50万円を、その…俺にください」

青年はぷっと笑い、
「まるでプロポーズの言葉みたいですね」
と言いながら、マスク男に現金を渡した。
「すまない…ありがとう」

青年はコンビニの外でマスク男を見送ることにした。
「で、君は一体何者なんだ? ただのアルバイトじゃないだろう」
「ええ、僕はただの金持ちです。庶民の気持ちを知りたくて、ここで働いているんです」
「そうか。この辺りのコンビニは、強盗がよく入るよな。
このコンビニだけは一度もそういったニュースを見たことがないが、もしかして…」
「ええ、僕がこうやって強盗の方々とお話するからですよ。
最初は凶器を突きつけられたりしますが、
ちゃんと話せば、皆さん良い人なんですよね」

強盗は感心すべきかどうか判断に困りながら、
「そうか、変わってるなあ。で、俺は一体、
このコンビニの何人目の強盗だったんだ?」
青年はにやりと笑い、元気よくこう言った。

「おめでとうございます! お客様は当店100人目の強盗です。
感謝の気持ちを込めて50万円をプレゼント!
またのお越しをお待ちしております」

平成の大富豪・金持富裕(かねもち とみひろ)の若かりし頃のエピソード。