最後の天気予報

二十一世紀中頃の日本に、百パーセント天気を言い当てる天気予報士・タナカさんがいた。
タナカさんは、技術も文化も失ってしまった日本人の希望の灯だった。タナカさんの予報は、これまで予測できないとされていたゲリラ豪雨をも言い当てた。テレビやラジオ、インターネット番組でも引っ張りだこであった。晴れた日にタナカさんが傘を持って歩いていれば、それを見た者はあわてて傘を買いに走る。夏は日傘を持つにも注意が必要で、定期的に「私が持っている雨傘はこれ、日傘はこれです」と告知する必要があった。

タナカさんは、小柄でまんまるの目をした女性である。その目は、嘘をつけない人特有の純粋な輝きを放っていた。愛想が良く、言葉遣いも丁寧で、必ず予報を言い当てる。いつしかタナカさんは、各国の要人からも招待されるようになった。とくにイギリスの王子はタナカさんの大ファンだった。タナカさんが王子からのラブコールを断ったときは、国際問題になりかけたが、「結婚を前提にお付き合いしている恋人がいるから」という理由に王室は納得せざるを得なかった。日本でのタナカさん人気はますます高まり、女性の憧れの的となった。

タナカさんは、風の匂いや虫の音、雲の動きや星の輝きから、天気を読み取ることができた。誰よりも自然を理解していたのだ。今日の天気、明日の天気、来週の天気、来月の天気、来年の天気……地球最後の日の天気。近い将来、その日が訪れることを、タナカさんは知っていた。だからタナカさんは天気予報士になり、少しでも自然に対する悪意がなくなるよう務めた。突然の雨が降れば、人は不快な気持ちになる。濡れて風邪をひいたり、予定がつぶれたりする。だが、確実な予報を届けることで、これらは防ぐことができるのだ。そして、晴れた日を楽しんでほしいと思っていた。外に出て、自然の素晴らしさを知ってほしいと願っていた。

テレビでは「明日は一日中晴れ。私はどこどこに紅葉を見に行きます」など、自分の予定を告知することが多かった。するとあまり外出しない人でも、タナカさん見たさに外に出るのであった。そしてタナカさんは自分の発言を必ず守るのであった。天気も行動も、百パーセント予報通り。タナカさんは絶対に嘘をつかなかった。
タナカさんが三十歳になった頃、天気は「曇り」が多くなった。タナカさんが三十五歳になると、「曇り」か「雨」がほとんどになった。40歳になると「雨」が多くなり、「晴れ」の言葉を口にすることがほとんどなくなった。その頃には、タナカさんが予報せずとも、誰もが「明日も雨!」と分かるほど、どんよりと曇った空が続いた。タナカさんの存在は、もはや必要とされなくなっていた。世界中で洪水が発生し、大地震や火山の噴火が相次いだ。

メディアは「地球最後の日」を予測し、人々は途方に暮れた。家族や恋人と過ごす者、仕事を辞め旅に出る者、自ら命を絶つ者。人々は複雑な思いでその日を待った。「ノアの方舟保険」と「藁をも掴む保険」が大いに受けた。かつて時代の寵児と呼ばれた者は、冷凍保存した人間をカプセルに入れて宇宙に飛ばすというビジネスを始め、「地球滅亡さえも商売にするのか」と非難された。人々はやがて地球最後の日がいつなのかを知りたがった。予言者によりその日が異なるため、人々は得も言われぬ不安と苛立ちを覚えていた。最後の日など訪れてほしいわけではないだろうが、正確な日付が分かった方が、残りの人生をどう過ごすか決めやすいのだろう。

「タナカさんだったら知っているんじゃない?」誰かがつぶやいた。「そうだ、タナカさんだ!」「あのタナカさんなら、きっと……」「皆でタナカさんを探しましょう」タナカさんコールは瞬く間に世界中に広がり、居場所はすぐに突き止められた。タナカさんは雨の中、神社でお祈りをしていた。顔は真っ白で、頬がこけ、第一発見者が声をかけるとその場に倒れ込んでしまった。病院に運ばれたタナカさんは何日も眠り続け、目を覚ますと何百人という報道陣が病院に詰めかけていた。もはや話題はタナカさんの発言くらいしかなかったのだ。やがて、タナカさんはゆっくりと口を開いた。

「皆さん。地球最後の日がとうとう訪れます。私はそれがいつなのか知っています。それを言うべきかどうか、ずっと迷っていましたが、いよいよその日が近づいてきましたので、言うことにしました。それは――明日です」

この中継は全世界に配信されていた。タナカさんがかつて100%天気を言い当てる天気予報士だったことは、もはや世界中の人々が知っていた。報道陣から様々な質問が飛び交い、タナカさんは丁寧に答えていった。日本時間の午後1時に始まった中継は、既に夜になっていた。最後は世界の代表として、日本の子供が質問をした。「タナカさん、地球最後の日が来るのはとても悲しいです。でも、明日は晴れるよね? このまま真っ暗な空のまま死んじゃうなんてイヤ。最後の日くらい、晴れるよね? タナカさん、お願い。明日の天気は晴れって言って。お願い……!」人々の不安が世界を巡り、振動となってタナカさんに直撃する。

タナカさんは考えた。明日はどう考えても雨。しかも、歴史上最も大きな、世界を滅ぼすほどの大雨だ。それを、言うべきだろうか。いや、雨が降ることは誰もが分かっているはずなのだ。世界が終わるなら、最後くらい希望がほしい。それはタナカさんもよく分かっていた。人々を不安にさせたくない。自分が天気予報士になった理由はなんだっただろうか。このまま世界が終わるなら、私に与えられた役目は……。

「明日は、晴れます。実に399日ぶりの洗濯物日和になるでしょう。地球最後の日は、皆さんが想像しているほど恐ろしいものではありません。雲の隙間から光が射し、やがて世界を包み込みます。苦しいものではありません。ですから、どうか悲観的になさらずに、明るい気持ちで最後を迎えてください。大切な人と一緒に、朝日の訪れを待ちましょう」

口から出まかせだった。しかし、後悔はしていなかった。分かりきった暗い未来を予報するよりは、例え嘘でも明るい未来を伝えたほうが良い。そう考えての発言だった。その時、タナカさんの心にこれまでにない喜びが溢れた。それが世界中の人々の喜びであることはすぐに分かった。「晴れだって!」「嬉しい! 家族全員で見晴らしの良い場所に行きます」「ありがとうタナカさん!」タナカさんコールは深夜まで鳴り止まなかった。

地球最後の日は、人工衛星からも撮影されていた。この日のことを映像に収め、他所の星で同じことが繰り返されないように、宇宙に飛び立つ予定であった。誰もが映像を見られるようになっており、何日も映像を見続けていた若者が声をあげた。「地球が光ってる!」この情報もまた瞬く間に世界中に広がった。何億人という人々が映像を確認すると、夜の地域はところどころキラキラと光を放ち、昼の地域は悪魔のように渦巻いていた雲が穏やかになっていた。世界の終わりとは思えない、美しい光景だった。「明日は晴れる!」タナカさんの発言を信じていなかった者も、この映像をみることで確信するのであった。

翌朝、タナカさんの予報通り、雲の隙間から朝日が顔を出した。誰もが夢見た太陽だった。「タナカさん最高!」「神様、タナカさん」「タナカさんにノーベル平和賞を!」歓喜の声が溢れた。最も驚いていたのはタナカさん自身だった。この朝日を呼んだのは私ではなく、人々の晴れてほしいという気持ち。そうか、そうだったんだ。天気は変えられる。百パーセント雨の予報でも、思いが強ければ変わるんだ。ということは、もしかして――。

希望に満ちた表情をした報道陣がタナカさんにマイクを向ける。「皆さん。今日は地球最後の日、そのはずでした。しかし、どうやら運命は変わりそうです」またも空気が震える。「私たちの運命は、私たちで変えられる。そのことに気づいたのです。これまでに犯した過ちを反省し、これからのことをしっかりと考えて行動すれば、私たちの世界は、かつての輝きを取り戻せる。ご覧ください、この朝日を。とても地球最後の日とは思えません。私たちの心が、この地球に再び光を呼び戻したのです!」世界中の人々が、側にいる人と抱き合った。「ですが、次はもうないと思います。今回が最後のチャンス。世界が終わるときにケンカをしても意味がないことは、今回のことでよく分かりましたよね? もうそろそろ争いごとはやめにして、人類も含めた地球全体のことを考えようではありませんか――」

その後、地球最後の日は「地球人の祝日」と制定され、毎年この日は決まって洗濯物日和になった。また、地球最後の日をとらえる予定だった人工衛星は「タナカ」と名付けられ、後世に渡り愛されたのであった。