台風21号で屋根と気力が吹き飛んだ日(2018年9月4日)

2018年9月4日、猛威を振るった台風21号が過ぎ去った。いつものように仕事場に向かうと、仕事場の倉庫の屋根が吹き飛んでいました。もう、綺麗さっぱり吹き飛んでいました。倉庫の中から空が仰げるのです。「こりゃあ、夜は星空が綺麗に見えていいやね」なんて思うはずがありません。私はただただ呆然としていました。

屋根といっても瓦の屋根ではなく、なんと言えばいいのでしょうか、駐車場の屋根に使われるような、うねうねとした波状のプラスチックの屋根です。この屋根の残骸が、隣の家の畑に落ちてしまいました。プラスチックの破片やネジ、クギが飛び散っているので、拾わなければなりません。とはいえ、前日の雨で土がぬかるんでいるため、作業が困難です。私は長靴を買いに行って、ぬかるんだ土の上で作業を始めました。

畑に落ちたプラスチックの屋根は一枚ではなく、複数のプラスチック板をネジとクギで固定していました。屋根自体はかなり大きいため、ネジとクギを外して、一枚ずつ畑から引き上げる必要があります。そのため、バールでクギを外すのですが、ぬかるんだ土の上で、履きなれない長靴で作業をしていると、異様に疲れるのです。あっという間に汗が頭のてっぺんから吹き出てきて、まるでサウナに入っているような状態になっていました。

また熱中症になってしまうのではないかと不安になりながら、プラスチックの屋根をすべて引き上げ、最後に畑全体を見回し、プラスチックの破片やネジ、クギなどを回収しました。作業は2時間ほどで終わりましたが、私は心底疲れていました。身体的な疲れだけではなく、精神的に参ってしまったのです。その後、少し休憩してから、いつものように仕事をしていたのですが、15時くらいにストレスが最高潮に達し、帰ることにしました。(一人で仕事をしているため、退勤時間はとくに決まっていないのです)

2018年の夏は、仕事へのモチベーションがとても不安定で、定期的にやる気がほぼゼロになりかけていました。台風21合は、わずかな気力をも奪い、私のやる気は完全にゼロになってしまいました。

帰宅途中の車の中で、私は苛立ちと悲しみに襲われていました。イライラする、悲しい、悔しい。さらに別の感情が襲ってきました。つらい、死にたい……。ああ、これはもう、厄介な奴です。死にたい奴が一番厄介なのです。車の運転中に奴に襲われると、事故を起こしそうで怖くなります。この頃、私は禁酒をしていましたが、いっそお酒を買って、外が明るいうちからウイスキーをストレートで飲みまくって、そのままぶっ倒れてしまおうかという考えさえ浮かんでいました。また、家に帰らず、どこか遠くに行きたくなっていましたが、この気持ちが自分のものなのか、死神のものなのかは判断がつきません。そわそわした気持ちを抑えつつ、ひとまず家に帰ることにしました。自宅の部屋に入ると、涙がにじんできました。さまざまな感情が通り過ぎ、むなしくなってきました。

こんな日は仕事から離れるしかありません。iPhoneを機内モードにして、電話がかかってくるかもしれないストレスを避けます。そして、死神から逃れるには、一度現実から離れるしかありません。朝から汗をかきすぎたこともあり、軽い頭痛がしていました。しばらく横になっていると、やがて眠くなってきました。

夕方に目がさめると、少し気分が落ち着いていました。死にたい気持ちはなくなっていましたから、死神は去っていったようです。しかし、仕事へのモチベーションはゼロのままです。一向に増やせない給料、一向に先が見えない現状、関わりたくない取引先の人からの連絡、未払いのまま逃げていった悪徳企業、昨年までエアコンなしで夏の暑さも冬の寒さも乗り切ったこと、長く付き合っていた恋人と別れたこと、この先結婚がまったく見えないこと……。これまでずっと我慢していたことが、屋根とともに吹き飛んでしまったのでしょう。もう、何もかもがどうでも良くなってしまいました。

時が経てば、モチベーションは少しずつ戻るものです。分かってはいても、この時はかなり重症でしたから、2019年から仕事を週に一度程度にまで減らすことばかりを考えていました。そして、今の仕事以外で収入を得るようにしないと、もう続けられないと思っていました。だからこそ、本業以外できちんと収入を得られる環境を整えることが最優先だと考えていました。仕事に愛着がありますし、大切な技術であることは間違いありません。しかし、これ一本で食べていけるように会社を立て直すという大仕事をするほどのモチベーションは、この時の私には残っていませんでした。

2018年9月、私の気力は一度、台風21号とともに吹き飛んでしまいました。仕事をしていて、死にたいと思ってしまったら、もう限界なのです。そんな状況で仕事を続けてはいけないのです。それでもなんとか仕事を続けたいから、私はその方法を探し続けるのです。

あれから時間をかけて復旧作業をして、2019年の9月現在、なんとか会社を維持しています。給料はまったく増えていませんが、本当にギリギリの綱渡りの状態が続いています。はてさて、これからどうなることやら。