張り合うのではなく「譲ること」を大切に

昨夜は会社のサイトのリニューアルということで、無事に完了し、遅くまで残り、最後まで残っていた3人でラーメンを食べにいくことに。3人のうち、僕を含め2人は車、1人は自転車である。僕は先に車で行くことになった。

向かう途中、目的のラーメン屋近くの交差点で信号待ち。青になり左折しようとしたところ、3人組が横断歩道を渡ってくるので、先に行こうと思えば行けたのだが、慌てても仕方ないので待つことにした。3人組が渡りきって、信号を左折して数十メートル先のラーメン屋に到着。さあ着いたと車を出ようとしたところ、先ほどの3人組がこちらに向かって歩いてきていた。「これはおそらくラーメン屋に入ろうとしているな」と思い、どうするか考えた。

「車を出て、急いでラーメン屋に入るべきか?」
「3人が先に入った後で、ラーメン屋に入るべきか?」

結果、3人が先に入るのを見届けることにした。小さなラーメン屋なので、テーブル席はひとつしか空いておらず、僕らは他の店へ行くことにしたのだった。

あちらの3人はどこかで飲んでから、寒い夜道を歩き、締めのラーメンを食べに来たのだろう。締めのラーメンはおいしい。そして人気のラーメン店。「空いていないかもなぁ」と思いながらも、タイミングよく席が空いていた。おいしいラーメンを食べたときの喜びは相当なものだろう。

ときどき、お店の前でメニューを見ている人をよそに、我先にとお店に入っていく人を見かける。同じように、僕もあちらの3人に席を取られないようにと張り合って、先に入ることもできた。そうなった場合、彼らは徒歩。他の店を探すのも大変だ。僕はラーメンを食べながら、入り口で待つ3人の姿が目に入るだろう。彼らを待たせている申し訳なさで、楽しい時間を過ごせなかっただろう。

そんな訳で、あとから来た2人に別の店に行こうと告げ、そこで時間を気にすることなく、楽しい時間を過ごせたのである。あちらの3人も満足、こちらの3人も満足。ささいなことだが、ちょっとした譲り合いの気持ちが、物事をスムーズに動かしてくれるものだ。

電車待ちで割り込んでくる人、時間に遅れそうだからと周りを気にせず急ぐ人。根底にあるのは、「恐れ」である。「座れなかったらどうしよう」「遅れたらどうしよう」こういった不安や恐れがあると、周囲に冷たくなり、自分だけ良ければという考えになる。だから、「座れなくてもしょうがないね」とか、「遅れそうなのは自分のせいだし、遅れても仕方ないね。ちゃんと謝ろう」とか、不安や恐れを持たないように、自分の感情をコントロールすることが大事なのだ。

ここからは余談。

だから、メディアは決して不安を煽ってはいけない。テレビやラジオ、雑誌、インターネット。そういう情報が溢れている。不安や恐れを持った人たちは、簡単にコントロールできる。「これをすれば安心ですよ」と言えば飛びつく。だから、偽物の健康食品が売れるし、インチキなスピリチュアルがもてはやされるのだ。一時期、不自然なくらいメディアで煽っており、怪しさ満点だった子宮頸がんワクチンは、案の定、副作用が問題になっている。

ダイエットにはこれ、花粉症にはこれ。いつまで経っても同じことの繰り返し。どんなものでも取りすぎは良くないのに、そういう告知すらしないこともある。消費者も知識を持たなければならない。「無知で煽られやすい人」ほど、権力者にとって都合の良い存在はないのだから。