「チャゲアスはわりと好き」程度で語るのはおこがましいかもしれないけれど

10代の頃、CHAGEさんの深夜ラジオがキッカケでチャゲアスを聞くようになった。CHAGEさん、いい人そうでね。ラジオを通してでも、「人の良さそうなおっちゃんだな〜」って思ってた。ちょうど活動休止中で、CHAGEさんのソロアルバム『トウキョータワー』なんかが流れていたりした。『NとLの野球帽』は、野球少年でもないのに、CHAGEさんの歌い方が好きで、カラオケで良く歌っていたっけ。

さて、例の覚醒剤事件。今回の騒動でASKA関連の商品が販売中止になるという。こういったことは過去にもあったけど、いつも疑問に思う。ASKAが作った楽曲は、紛れもなく名曲である。『YAH YAH YAH』でストレス発散した人、勇気付けられた人がどれくらいいるだろうか。90年代を生きた日本人であれば、『YAH YAH YAH』のイントロが流れるだけで胸が熱くなる、テンションが上がる……それくらい浸透している曲だと思う。

それなのに、ここまで徹底的に「なかったこと」にされると、車の中やヘッドフォンでチャゲアスの曲を聞くだけでも、なんだか隠れキリシタンになっているかのようだし、カラオケでも歌いづらい。全盛期ほどではないけど、チャゲアスのファンは万単位でいる。その人たちの気持ちを少しくらい汲んでもいいのではないだろうか。ジブリの『On Your Mark』までなくしてしまうなんて、さすがにちょっと異常だよ。

ASKAが逮捕された途端、次々と出てくる新たな「証拠」の数々。中には本当にえぐいものがあり、もう勘弁してくれよと思う。そこまで赤裸々に書いたところで、誰に得があるのかな? そりゃ真実もあるだろうけど、ASKAのことを書けば雑誌の部数もウェブサイトのアクセス数も伸びるだろうから、でっち上げ記事も増えることだろう。それでもチャゲアスが好きだから、読んだって何一つ良いことなんてないのに、読んでしまう。実に不愉快なことだ。

ASKAソロアルバム屈指の名曲『いろんな人が歌ってきたように』は、スピリチュアルな表現を恐れず歌っていて、とても共感できた。今となっては、歌詞の一部はトリップしている時のイメージなのだろうかと考えてしまうが、そんなことを考えてしまうのが本当にイヤだ。だけど、ASKAの作った楽曲の魅力は、ASKAのプライベートがどうであろうが、変わらない。ASKAがその歌に込めたメッセージや、歌っている時の気持ちに偽りがない限り、「本物」であり続けるのだ。

「覚醒剤は絶対に許されない」と決まり文句を一様に叫ぶ観衆。一体、「誰が」「誰に対して」許したり、許さなかったりするのだろう? そこを決められるのは、ASKA本人だけだ。逮捕された今、あらゆるものが消えてしまったような、それこそ覚醒剤に頼りたくなるくらいの消失感に襲われていることだろう。だけど、いつか本人が自分の体を大切にしようと気づき、自分を許してあげられる日が来るはずなのだ。周囲になんと言われようと、許してあげなければ、そんな人生は悲しすぎる。どれだけ富と名誉があったとしても、それは何もないに等しい。

槇原敬之も、岡村靖幸も帰ってきた。覚醒剤じゃないけど、あれだけ黒いイメージの強かった小室さんだって、今では逮捕前より印象が良くなっているじゃないか。観衆はすぐに忘れるのだ。ASKAもきっと帰ってくるだろう。この変な空気が早く日常に戻りますように。