夜の散歩

東京から岐阜の実家へ帰るには、車を使わないとけっこう不便である。東京〜名古屋間は新幹線で一時間四十分〜二時間程度。そこから電車で三十分ばかり乗るとA駅に着く。A駅から実家まで車で二十分。待ち時間など含めて計三時間。これが最も早く着けるルートである。

実家からA駅までは歩ける距離ではないため、最寄り駅とは呼べない。だが「実際の最寄り駅」であるC駅へは、A駅で乗り換えた後、B駅でも乗り換える必要がある。B駅もC駅も電車の本数が少ない上、C駅から実家まで歩いて十五分かかる。結局、ホームでの待ち時間などを含めると、A駅から実家まで一時間はかかる計算になる。計四時間。東京に行くときは必然的に荷物が多くなるため、この一時間の差は大きい。

先日、東京での逢瀬の帰りで、A駅まで車で迎えに来てもらおうと実家に連絡すると、「うっかりお酒を飲んでしまった」とのこと。タクシーで帰る手もあったが、タクシーがあまり好きではないことと、雨上がりの夜で空気が澄んでいたことから、歩いて帰ろうと思った。A駅からはさすがに遠すぎるので、A駅とB駅の間の無人駅で下車し、夜の散歩が始まった。


無人駅を出て、携帯電話のナビゲーションシステムを頼りに歩を進める。すぐに辺りは真っ暗になる。雨が上がって間もないのだろう、水たまりに気をつけながら歩く。うすい雲を通してのかすかな月明かりと、点在する民家のあかりだけが頼りである。十分も歩くと山道になり、民家も少なくなる。山道は静かで、霧が出て幻想的だった。前後左右から聞こえる虫の音の3Dサラウンドを満喫しつつ、山を越えると急に賑やかになる。バイパスに出たのだ。

A駅から車で帰るときに利用するバイパスを歩く。いつもは一瞬で通り過ぎる一本道が、永遠のように長く感じられる。途中でナビゲーションシステムがバイパスからそれるよう案内をする。小道に入り、少し歩くと視界の先に大きな影が現れる。足下があまり見えない薄明かりの中、おっかなびっくり近づくと、小さな林だった。夜道の影はいろんな形に見えてくる。恐怖心を持てば、木々は妖怪にも幽霊にも見えたことだろう。古今東西さまざまな伝説が生まれるのも無理はない。

林の影が去ると、視界が急に開け、一面に田園が広がる。この時、雲の隙間から月が一分ほどだけ顔を出し、思わず立ち止まった。画家であればこの瞬間を絵にしたくなるような風景だった。再び虫の音が賑やかになり、大きな低音が混じって聞こえてきた。ウシガエルである。小さい頃、通学路にモンスターのように立ちはだかっていたウシガエル。コントラバスのような重低音を田園地帯に響かせる存在感は、今なお他の生物を圧倒しているようだ。

月は再び雲に隠れてしまった。ナビゲーションシステムを確認すると、もうすぐ国道にぶつかるようだ。国道は高速道路に近い作りになっているため、今歩いている道から国道を渡る方法が想像できなかったが、次第に暗闇の向こうに四角い光が見えてきた。国道の下に歩行者用の小さなトンネルが通っていたのだ。普段であれば絶対に気づくことのできないトンネルを見つけたことで、何とも言えない達成感が得られた。

家に着く頃にはへとへとになっていたが、東京の人混みによる疲れを忘れることができた。外灯のない夜道を歩き、草木の影におびえ、虫の音に耳を傾け、月に感激したことで、原始的な感覚が刺激された気がした。ときには暗闇の中を歩く体験も悪くない。