東京賛歌

週末、新宿をぶらぶらしていたら、駅前通りが歩行者天国になっていた。急ぎ足で歩く他人を意識しないで済むので、つい嬉しくなり、歩きながら考えごとを始めた。

――岐阜にいた頃の東京の印象といえばこうだ。「いつも薄暗くて、空なんか決して青くなくて、どちらかといえば灰色で、“そら色”は都会の人は“灰色” だと思っている、淋しい場所」そんな、マイナスのイメージしかなかった。東京に来て、丸5年が経過した。初めて見た空は、思ったよりは灰色ではなかった。 もちろん、透き通るような青でもなかったけれど。

5年間、あっという間だったとも、途方もなく長かったとも言える。かけがえのないモノを手に入れたような気も、大切なモノを失ったような気もしている。つまるところ、よく分からないのだ。自分を知ろうと思って東京に来たはずが、だんだん自分が分からなくなってしまった。

ただ、分からなくて、意味不明で、混乱しているわけではない。当時考えていた「やりたいコト」は、非常に曖昧で頼りないものだったけど、今はきちんと理 解した上で、やるべきコト、そうでないコトを分けて考えている。ただ、やれるやれないは別として、やりたいコトは東京に来て、何倍にも多くなってしまった のである。

東京は「可能性の街」だと思う。ちょっとでも面白いな感じたら、そこを突き詰めていく。そうすると、自然と同じものを面白いと思う人に出会う。その出会いを大切にし、さらに突き詰めて行くと、いつの間にやら、人脈やお金が入ってくる、という寸法だ。文字にすると簡単だけど、これが分かるまでに、まあ5年 かかった。こういうことは、器用な人であれば高校生くらいで気付いていることだろう。

この間、葉桜になりかけた新宿御苑に出向いた。そして、芝生に寝転がって、久しぶりに新宿の空を仰いだ。新宿御苑の空は、都内で見る空の中では、上位に 入る広さだった。しかし、地方で見る空と比べると狭いし、色素も薄い。ただ、今の自分には、それで十分だった。田舎では、部屋の窓から山が見えるのが当た り前で、その向こうに何があるのか、知ろうとする好奇心もなかった。

その山の向こう側にいる今、道端に生えている野草に、ちょんと花が咲いているのを見ると、心が安らぐ。そんなの、当たり前すぎて、昔だったら持てなかっ た感情だ。そう考えると、都会というのは、人を繊細にさせてくれる場所なのかもしれない。そう考えると、また少しアスファルトに愛着が持て、目まぐるしく 変わるこの街で、明日何が起こるのか楽しみになる。

再び新宿を歩く。高層ビル群に、かつての志の高さを重ねる。――なあ、あの頃の自分よ。5年後の姿を想像できていたかい? 未来を描けない人間には、理想の未来など、やって来ない。君の想いは、何人の心に届いた? 一人でもいたら、十分すぎるくらいだと、今では思う。

東京の空は、すっかり見なくなった。本当は見たいけれど、見てもそれほど綺麗なものじゃないし、何より寝転がれる場所がほとんど存在しないから。でも、 いつかは自宅から空を仰げるような場所に住んでみたいという夢が持てる。地方にいたら、それほど難しい夢ではないから、より向上心は大きくなる。

6年目の東京の空。相変わらず、膜に覆われているような、どんよりとした元気のない空。この色は、東京に憧れて、地方からはるばるやって来た人々の、失意の表れなのかもしれない。自分一人だったら、とても変えられないような、失望の色。

でも、あの頃の自分だったら、きっとこんなことを言っただろう。「よし、皆に元気を与えて、空の色だって取り戻してやるぞ!」なんて。そんな純真過ぎる のは危険だとは思うけれど、その危うさ、可愛さを、今になってこそ、愛しく思う。無理にはにかんで、一言、叫んでみようか。

「皆を、幸せにするぞ!」
皆って誰? そんな細かいことは気にしない。まだまだ全然、一人前ではないのだから。言うだけだったら誰にも迷惑はかけないだろう。東京の空を、少しずつ、明るくしてみせる。6年目の抱負ブーーー。

クラクションの音で我に返る。気付けば歩行者天国など、とうに終わっていた。一人、道路のど真ん中で、立ち尽くしていたようだ。周囲の視線が一気に集まる。恥ずかしいけれど、これも悪くない経験だ。捕まるわけでもないし、指差して笑う方が、よっぽど恥ずかしい人間だ。

心臓が高鳴り、表情筋が緩む。なんだか非常に楽しくなってきた。明日を生きよう。一生懸命、生きよう。でも、時には気を抜いて、適度に遊びながら、生きよう。こうやって、たまには馬鹿を見たり、へまをして。

新宿の街で、もう一度、今度は空に向かって叫んだ。気が遠くなるくらい、誰かに向かって叫んだ。誰もが愛想が尽きたような顔をしていたが、一人だけ、こちらを見て、笑ってくれていたような気がした。それだけで、僕は救われたような気がした。