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短編「ロックンロールは終わらない!」

 東京・吉祥寺の高架下に、女性が一人で切り盛りしている小さなスナックがある。『マサコ』という店名の通り、マサコさんがいつもカウンターで笑っている。俺はこの店で、いつものように酒を飲んでいた。

「マサコさん、ハイボールおかわり!」
 と言えば、15秒でおかわりを出してくれるフットワークの軽さが嬉しい。
「はい、どうぞ。タケちゃん、今日はこれで最後ねー」
「え、もう5杯目? 早いなあ」
 この店にはかれこれ10年以上通い続けている。音楽活動がうまくいかず自暴自棄になっていた頃、飲み過ぎて店内で暴れたことがあった。マサコさんは俺を出入禁止にしなかったが、それから「お酒は5杯まで」というルールが定められたのだ。
「タケちゃん、顔が真っ赤よー? 顔が赤くなる人は、お酒を分解する力が弱いから、飲み過ぎちゃダメよ」
 もう何十回と聞かされた話だった。たしかに俺は酒に弱い。弱いくせに量を飲んでしまうから、5杯までというルールはありがたかった。
「うん、ありがとう。5杯目はゆっくり飲むから、水ちょうだい」
「もう置いてあるわよー」
 よく見るとハイボールの隣に水が置かれていた。どうやらもう酔っぱらっているらしい。水を飲みながら、ぼんやりと店内のテレビを眺めていた。

 深夜0時を過ぎ、音楽番組が始まった。若いミュージシャンが歌っているが、ちっとも心に響いてこない。
「最近の音楽はよく分からんね」
「この子たち、最近よく見るねー。私は嫌いじゃないけど」
「曲はいいと思うよ? でもなんていうか、音圧が足りないんだよね。魂がこもっていないというか。俺ら世代には響かないなあ」
「それは仕方ないわよー。この子たちだって、私たちみたいなおじさんおばさん相手に歌ってないだろうし」
「ま、そりゃそうだ」

 おじさんおばさん……か。10数年前、俺がこの店に通い始めた頃は30代で、俺はバンドマンだった。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人編成で、俺はギターを担当していた。今はこんな風に飲んだくれているが、一応メジャーレーベルに所属していたんだぜ。売れなかったけどな! そのレーベルは売れっ子のバンドを何組も抱えていたから、俺らみたいな一部の音楽好きにしか支持されないバンドは、事務所にとってお荷物だったんだ。

「あっ、次のバンドは私たち世代よ。渋いわねー」
「ぶはっ!」
 俺は『今年で結成15周年、根強い人気のロックバンドが登場!』のナレーションに続いて現れたバンドを見て、水を吹き出してしまった。
「あいつら、まだやってたのか……」
 テレビに映ったのは、
「えっ、何? タケちゃんの知り合い?」
「知り合いも何も、俺が所属してたバンドだよ。もうずっと連絡取ってないけど」

 当時、CDがチャートの100位にも入れず、とうとう事務所から「音楽性を変えなければ解雇する」と通告された。もちろん音楽性を変えるなんて器用なことはできないからな、俺だけレーベルを離れたんだ。俺は一人でもやれるって自信もあったしな。ただ、俺以外のメンバーはレーベルに残って、ギターだけ変えてバンドは存続したんだ。その後売れたという話は聞かなかったから、まさか15年も続いているとは思わなかった。

「そうなんだ? この人たちと一緒にバンドやってたんだねー」
「まあ、ね。ギターの奴は知らないけど」
「かっこいいわねー。やっぱり私、こういう音が好きみたい」
 たしかに格好いい演奏だった。俺がかつて目指していた音楽だった。
「そうだなあ……」
 俺はバンド脱退後、小さなレーベルに移籍し、細々とソロデビューしたものの、驚くほどCDが売れなかった。ライブをやっても客は入らず、散々な日々だった。移籍してわずか1年で俺は音楽活動に限界を感じ、しばらくしてシステムエンジニアの仕事を始め、今に至る。

「タケちゃん、今でもギターは弾いてるもんね?」
 俺は音楽業界を離れてからも、ギターだけは毎晩のように弾いていた。仕事を終え、酒に酔って、ギターを弾きながら、いつの間にか寝ている。そんな日々を繰り返していた。
「うん、ずっと弾いてるよ。やっぱ好きだからね」
 俺の言葉を聞き、マサコさんは嬉しそうな表情になった。
「だったらさ、タケちゃん。『吉祥寺駅前フェス』知ってるでしょ? まだ出演者募集してるから、出てみたら?」
「俺が? いやあ、無理無理。フェスなんだから、プロじゃなきゃダメだって」
「えー、そうかな?」
 マサコさんは、フェスの資料を手に取り、詳細を確認していた。
「うん、大丈夫! プロもいるけど、そうじゃない人もいるよ。大学の軽音部とか、路上ミュージシャンとか、ネット配信で有名な人とか。タケちゃんが演奏してるとこ、見てみたいなー」
 マサコさんの「見てみたい」の一言で、フェスに出てもいいかもと思い始めた。
「でも、俺一人だよ? 今からバンドなんて組めないし、そんなんで平気かな?」
「大丈夫じゃない? ギター弾き語りなんてかっこいいわー」
 マサコさんの「かっこいい」の一言で、俺は必ずフェスに出ると決めた。
「そっか、じゃあ出てみようかな……。フェス、いつだっけ?」
「八月だから、二ヶ月後? 暑そうだねー」
「二ヶ月あれば……なんとかなるかな」
 テレビに映る元バンドメンバーの演奏が終わる。ギターの余韻だけが、いつまでも耳元に残っていた。

 その日から、俺はフェスに向けてギターと歌を猛練習した。持ち時間は一組15分。15分あれば、3、4曲は弾けるだろう。
 観客は俺のことなど知らない人たちばかりだ。一曲目はつかみとして、誰もが知っている曲にしよう。それから順番に激しい曲を弾いて、最後は俺のオリジナル曲を披露してやる。俺のソロデビューアルバムに収録されている、めちゃくちゃ熱くてロックな曲だ。盛り上がるぜ!

 本番当日。真夏の吉祥寺駅前は、午前中から暑かった。午前中はプロの出演はなく、いわゆる一般枠。俺の他には、大学生や路上ミュージシャンなんかが参加するのだが、俺はまさかの一組目だった。

「吉祥寺駅前フェス、今年もスタートしました! まずは音楽が大好きな一般の方々による演奏です。一組目は、ロックンローラーのタケさんです!」
 俺はギターを抱え上げながらステージに登場した。挨拶などいらない。俺はロックンローラー。歌とギターですべてを表現する人間なのだ。
 俺は力の限りギターを掻き鳴らした。一曲目は誰もが知っている曲だから、観客は手拍子をしてくれた。いい感じだぜ。
 二曲目はわりと有名なロックの名曲を、三曲目はロック好きならば知っている激しい曲を披露した。最後はいよいよ俺のオリジナル曲だ。曲名は『ロックンロールは終わらない!』だからな、覚えておけよ?
 俺は魂の叫びと言えるくらい、大声で歌った。これほど気合を入れて歌ったのは久しぶりだ。客席の最前列で、マサコさんが応援してくれていたからだ。前半は客席を盛り上げようとしていたが、後半はほとんどマサコさんのためだけに熱唱していた。

「タケちゃん、今日はほんとに格好よかったわよー!」
「ありがとう。あの後、若いバンドマンにちやほやされて嬉しかったよ」
 俺はカスカスの声で返事をする。たった4曲歌っただけで、声が枯れてしまったのである。情けない。
「それは良かったわねー。いつも飲んだくれてるタケちゃんしか知らないから、びっくりしたわよー。ちょっと惚れちゃったかも?」
「マサコさんならいつでもウェルカムだよ」
 今日は不思議とこんな軽い台詞がすぐに言えてしまう。
「なーんて、嘘に決まってるじゃない」
「はは、そりゃそうか」
 マサコさんは少し頬を赤らめているように見えた。俺はもしかしたら脈があるかもしれないと思い、ライブ後で気が大きくなっているのも手伝って、思い切って告白しようとした。
「あの……マサコさん」
「なーに?」
「俺……マサコさんが……」
「タケちゃん!」
 マサコさんは、俺の言葉を遮って言った。
「タケちゃん……それ以上は言わないで。私もタケちゃんのこと好きよ。でも、まだ準備ができていないの。お互い、いい年だからね。心の準備だけじゃない、いろんな準備が必要なの。準備ができたら、私のほうからきちんと言わせて。それまではお客さんでいてほしいから……」
「マサコさん……」
 酔っ払っている俺にはマサコさんの説明がすぐに理解できなかったが、どうやら両思いらしいということだけは分かり、浮かれた気分になった。
「うん、分かった。俺、待ってるよ。それまでは今まで通りにするよ」
「ありがとう、タケちゃん」
「じゃあ早速だけど、マサコさん。ハイボールを二杯作ってほしいんだ」
 マサコさんは苦笑いをしながら、ハイボールを二杯出してくれた。
「おっしゃ、君の瞳に乾杯!」
「古いわね〜。はい、乾杯!」
 俺の人生、これから楽しいことが起こりそうな気がした。大好きな音楽がきっかけを作ってくれたんだぜ。ロックンロールは終わらない!